115周年

歴史

全ては1902年に始まった…

クリエーターのドン・ガビ、その妻のカルメン、彼らの子どもたち、そして今や孫たちまで、4世代に受け継がれています。今年、生まれたばかりの2人と共に、115周年を迎えることになり、スペインで「チュロス」をつくる最も古い家族になりました。彼らの時代を超えた「マドリッド式」レシピは、一口ずつに込められた愛と共に、親たちから子どもたちに受け継がれています。 1902年、ドン・ガビの偉大な曽祖父は、ドン・フロレンシオという名で通っていました。彼はカーレアヴェマリア(通り)で、最初の「チュロテリア」を開店しました。そこで自分の孫、ドン・ガロー(ドン・ガビの父)に教えました。

一旦ドン・ガローがこの技術を極めたら、マドリッドの通りでチュロスとポラスを売り始めました。彼は自らの手でバーナーをつくり、木と石炭で油を熱したものでした。妻のドナ・アナと子どもたちの助けもあり、彼らの商売はゆっくりとですが、確実に成長し、彼らのもてなしは、マドリッドの人々の心を満たしました。時が経つにつれて、ドン・ガビと妻のドナ・カルメンは子どもたちに、今日までまだ用いている秘密のレシピを教えました。ロス・アルテサノス1902は、オリジナルの手法を用いて、スペインで最高のチュロス、ポラス、チョコレートを提供する伝統的技術を決して失わないことを誓いました。お手数ですが、ドン・ガビとカルメンに挨拶しましょう。そうすれば、3人の子どもたち、ファン、ヘクター、アルバ、そして2人の孫、ノア、ゾーイはいつも周りにいます。 ようこそ、マドリッドへ、そしてこの家族へ!

ファミリーフォトアルバム1902

ドナ・アナと息子のドン・ガビ

8歳のドン・ガビ、母のドナ・アナと一緒にチュロスを食べる4代目

 チュロテリア1965

この写真では、チュロス、ポラス、家族と一緒に、カウンター上にペスティーニョが見えます。写真中央がドナ・アナであり、右側にいるのは、彼女の5歳の息子、ドン・ガビ(4代目)です。

1977年

4代目のドン・ガビがチュロスのつくり方に関して、弟子に指導しています。

2代目のドン・フェリックス

1949年、自分の息子ドン・ガロー(3代目)とドナ・アナと一緒にいるドン・フェリックス

ドン・ガビ、1974年

14歳のドン・ガビと母のアナ、この写真では、当店の有名なフラワー、チェロス、フライが見えます

3代目と4代目

この写真では、右側にドン・ガビの妻であり、ペスティーニョの考案者、ドナ・Mª・カルメンが見えます。中央には、ドン・ガビの隣にドナ・アナがいます。中央に写っているのは、クリームが一杯詰まった当店の有名なチュロスです。

2代目と4代目

中央にドン・フェリックス、そして右側にドナ・アナと息子のドン・ガビ、1963年

1951年

正面にチュロスを乾かしているドン・ガローと、家族と一緒にいるドナ・アナが見えます。

スペイン、バレンシアのファジャスのフェスティバル(火祭り)のために、ブネロスをつくる5ª 代目フアン・ガブリエル

1961年

前の4世代と全く同じように、一緒に働いている5ª代目フアン・ガブリエルと、恋人の未リアン。

前の4世代と全く同じように、一緒に働いている5ª代目フアン・ガブリエルと、恋人の未リアン。

 1958年のイベント

ドナ・アナと妹が、アウトドアイベントを監督

アナとガロー

家族のイベント

 結婚式

結婚式でのドナ・アナとドン・ガロー。

ドナ・アナ

金属製のジャーからの熱湯を使って、様々な方法でチュロスをつくっている。このプロセスは熱い油と水を混ぜ、非常に危険!

3代目

ドン・ガローのポートレート

マドリードのマヨール広場

クリスマス時期のドン・ガローとドナ・アナ。二人は息子のドン・ガビと一緒にハシント・ベナベンテ広場で空き時間を過ごしたものだった。今や彼らは、カーレサンマルティン(通り)2に新しい場所を持つ。

休憩

ハードな1日の仕事を終えて、休憩を取っているドナ・アナとドン・ガロー。

スペイン、1945年

写真の中央にドン・ガロー、一緒にいるドナ・アンは午前と午後の全ての仕事を終えた後、疲れて座っている。

3代目の誕生

乳母車の中のドン・ガビ、1960年